「大丈夫」と「もう無理」の間で──医療的ケア児を育てる親のメンタルヘルスについて論文を読んで思ったこと

情報収集・学び方

1本目の論文要約記事では、医師に「論文を読んでみて」と言われて困惑した話をお伝えしました。
あれから、論文を読むことについて、意外な発見がありました。
研究者の方々が、私たちのような家族の日常を丁寧に調査し、言葉にしようと模索してくれていることに、思いのほか心が温まったのです。
まるで、顔も名前も知らない「仲間」が、論文の向こう側に大勢いるような感覚でした。

今回取り上げる論文も、そんな仲間たちの声がデータとしてまとめられたものです。
医療的ケア児を育てていると、日常には常に「心配」がつきまといます。
体調の変化。医療機器のトラブル。急な発熱。入院。薬。栄養。学校や福祉サービスの調整。
気がつけば、親自身の心の状態は、いつも後回しになっています。

この論文では、そんな在宅の医療的ケア児を育てる親について、抑うつ、不安、ストレス、介護負担感、睡眠障害、燃え尽き症候群など、さまざまなメンタルヘルスの問題が報告されています。
今日は論文の内容を紹介しながら、医療的ケア児の親として過ごしてきた自分自身の経験にも重ねて考えてみたいと思います。

『在宅で医療的ケア児を養育する親のメンタルヘルス:スコーピングレビュー』

医療的ケア児を育てる親の心について調べた論文

スコーピングレビューって???

まず普通に、「ええっと・・・スコーピングレビューって何ですか?」と思いますよね。
私も思いました。
研究のマッピング作業というのがわかりやすいかと考えます。

一つ一つの論文は、それぞれ違う場所で行われた調査です。
この論文の場合で挙げると、ある研究では「親のストレス」を調べ、別の研究では「睡眠」を調べ、また別の研究では「生活の満足度」を調べています。

スコーピングレビューでは、それらを一つずつ集めて、
「この分野では、ここまで分かっています」
「でも、ここはまだ十分に調べられていません」
全体を見渡せるように整理します。
そして、在宅で医療的ケア児を育てる親の心の問題について、これまで発表された17件の研究を集め、その全体像を整理したものです。

重ねて今回の論文は、Arksey & O’Malleyという研究者たちが提唱した枠組みと、PRISMA-ScRという国際的なガイドラインに沿って行われていて、信用に値するものです。

医療的ケア児を養育する親の抱えるメンタルヘルスに関する問題

この研究では、在宅で医療的ケア児を養育する親のメンタルヘルスについて調べた研究を集め、17件の論文を分析しています。

そこで報告されていたのは、

  • 抑うつ
  • 不安
  • 介護負担感
  • ストレス
  • 心理的苦痛
  • QOLの低下
  • 睡眠障害
  • 燃え尽き症候群

などでした。

興味深いのは、これだけではなく「肯定的感情」「生活満足度」「自尊心」「ウェルビーイング」といった、前向きな側面についても研究対象になっていること。

ネガティブな面だけでなく、こうしたポジティブな要素も定量的に扱われています。
医療的ケア児を育てることが、親の生活や心全体にどのような影響を与えるのかを、広く見ようとしている内容だと感じました。

「在宅に帰れば楽になる」とは限らない

リラックスしてこどもと過ごしたい気持ち

医療的ケア児の親にとって、長い入院生活は大きな負担です。
家族の病気と向き合った経験が少ない方であれば特に、病院独特の雰囲気やルール。
多くの人が出入りする、病室でのわが子のケアに疲れてしまうのではないかと考えます。
そこに、医師から突然告げられる病状の説明や手術です。
「家に帰りたい」と思い続けることと思います。

大きな不安が付きまとう自宅

私自身も、退院できれば少し楽になるのではないかと思っていました。
もちろん、自宅に帰れたことは喜びです。
息子の生活を、少しずつ自宅の中でカスタマイズし、心地よい空間として仕上げる。
それは間違いなく嬉しいことでした。

けれど、在宅生活が始まると、新しい種類の緊張が始まります。
薬は間違えずに管理できるか。夜間に何か起きて気づけなかったら?
病院では医師も薬剤師も、看護師さんもそろっていて、心電図や脈拍、呼吸数が常にモニターされていました。
けれど自宅では、その場にいるのは私という素人だけです。

親だけで行う夜間の看護

そして、自分が3人いて交代制でお世話に当たるわけではありません。

まず、夜は断続的な睡眠になります。一晩のうちに、数回起きて行う作業があるからです。
夜間の注入ポンプの閉塞アラーム、そして、おむつの交換などです。
自然と、疲れていても緊張感から入眠困難になります。

私は現在、睡眠リズムを整える処方薬を飲んでいます。
これにより、眠るのも楽になりましたが、なにより夜中に起きてお世話をした後、すぐに眠りにつけるようになりました。

論文でも、医療的ケア児の親は入院中だけではなく、在宅療養に移行した後もさまざまなメンタルヘルスの問題を経験していることが示されています。
「退院できたのだから、もう大丈夫」ではないのだと思います。

私たちは、いつも不安なわけではない

子の成長を感じ喜べる日々

医療的ケア児の親は、毎日泣いているわけでも、常に辛いわけでもありません。
むしろ普通に笑います。子育てを存分に楽しみます。

こどもの成長を喜び、幸せを感じます。
息子は体幹の弛緩性麻痺を指摘され、体を起こすまで多く時間がかかりました。

いままで寝たまま移動して過ごしていた子が、ものに寄っかかりながら普通に座ってる。
筆舌に尽くしがたい感動です。
命の大切さや力強さを感じて、喜びに満ちています。
体中から、愛おしいきもちがわいてくる瞬間があるんです。

だからこそ、自分のメンタルヘルスの問題にも気づきにくいのだと思います。

そして突然、心が限界になることがあります。

「大丈夫」と「もう無理」の間を揺れ続ける

私自身を振り返ってみると、心の状態はずっと一定ではありませんでした。
息子の病状が安定している時期には、これからの生活について考えられる。
少し余裕が出れば、福祉サービスを調べたり、学校について考えたりもできる。


すると、また一気に世界が狭くなります。
「今日を乗り越えること」だけで精一杯になり、先のことを考える余裕がなくなるのです。

医療的ケア児を育てる親の心は、ずっと右肩下がりに悪くなるわけではないと思います。

プラスにもマイナスにも大きく揺れ動きます。
多分、「普通」よりずっと。

論文の中でも、抑うつや不安だけではなく、ストレス、介護負担感、睡眠障害、燃え尽きなど、複数の問題が報告されています。

これは、親の心が単純にポジティブ、ネガティブの二択ではないことを表しているように感じます。

頑張れている人ほど、限界に気づきにくい

できる=大丈夫 ではない

医療的ケア児の親は、今まで知らなかった多くのことを覚えます。

医療機器の扱いと薬の名前、そして福祉制度。

さらに、子育て世帯が当然抱える局面に医療的ケア児としての独特な要素が組み合わさった、学校との連携や災害時の備え。

普通なら知らなくても生きていけることを、必要に迫られて覚えていきます。
そして、できるようになります。
周囲からは「しっかりしている親」に見えるかもしれません。
しかし、疲れていないことは別。
言ってしまえば「【大丈夫】ではない」ということです。

むしろ、生活を回す能力が高くなればなるほど、自分自身の疲れを後回しにしてしまうことがあります。
似たような現象をいうなら、クライマーズハイでしょうか。

何もかも乗り越えようとしないこと

そして、自分の子です。

彼らが、産まれたばかりの小さな体で手術を乗り越え生きた。
何より愛おしい世界一の頑張りやさん。
その姿をまざまざと見せられた後。

「今は休んでいる場合じゃない」

「このくらいで弱音を吐いてはいけない」

そう考えずにいられるでしょうか?

けれど、医療的ケア児を育てる親に必要なのは、もっと頑張ることではなく、

自分も人間なのだと認めることなのかもしれません。

親を支える環境の構築

疲労や不安は愛情や努力で乗り越える事柄ではありません。
論文では、医療的ケア児を養育する親のメンタルヘルスに、家族や社会的なサポート、介護負担などが関係していることも報告されています。

「親の気持ちの問題」として片付けるのではなく、親を支える環境そのものを考える必要があります。
必要としたときに受けられる支援、安心して頼れる場所。こういった社会の実現です。

おわりに

この記事を読んでいる方の中に、今、自分の心が不安定なのは、自分の弱さや覚悟が足りないせいだと感じている方がいたら、それは違うとはっきり伝えたいです。

医療的ケアのあるこどもを育てるという生活そのものが、そもそも多くの不確実さを抱えています。
だから心が「大丈夫」と「もう無理」の間を揺れ動き、時に疲弊してしまうのは、ごく自然な反応です。
それは根性や覚悟の問題ではなく、今回取り上げた17件の研究が、データという形で裏付けてくれていることでもあります。

十分すぎるほど大変な生活の中で、まず自分の頑張りを肯定してほしいと思います。
そして、疲れを疲れとして自覚すること、そこから相談の糸口を探してみること。それも、この子を育てていくための、立派な一歩だと思います。

参考にした資料

在宅で医療的ケア児を養育する親のメンタルヘルス:スコーピングレビュー(J-STAGE)

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