医療的ケア児を育てる親の情報収集〈論文編その1〉|「論文を読め」と言われた話

情報収集・学び方

胃ろう再増設の記事で、「医師は万能ではない。
だからこそ、こどもの治療で迷った時は自分でも情報を集めることが必要だ」とお伝えしました。

その「情報収集」を実際にどう進めていくか、という話をしていこうと思います。
まず最初に候補に入れるべきは論文だ。そうおっしゃるお医者さんがいました。
実際に、胎児エコーで息子の身体の異常が見つかり、紹介された大きな病院であったやり取りです。

医師
医師

不安はあるかと思いますが、ネットで病気の情報を探すのはやめて下さいね

母

えっ・・・ではどうやって情報を探したらいいですか?

医師
医師

例えば、論文です。確実に信用に値する情報をネットで探すのは難しいですから。

母

(そんなの読んだことないのに)


でも、先生は至って本気のようでした。
私はこの時(ないわ―)と思いました。ですが、後々気づきました。
同じ疾患でも、病気の程度や予後、障がいの有無は患児で全く違います。
ネットの情報を参考にする事で、人によっては大きく心や生活が崩れてしまうのだと思います。

そうはいっても、論文を読む。これはとてもハードルが高いです。
そのため、AIの補助を使いながら論文の内容を解きほぐし、私が実体験になぞらえこれは頭に入れておきたいと思う論文をざっくりと説明していけたらと思います。

医療的ケア児の社会生活を支える親のエンパワーメントの過程

今回ご紹介するのは、佐鹿孝子先生ほかによる「医療的ケア児の社会生活を支える親のエンパワーメントの過程」という論文です。2020年に日本小児看護学会誌に掲載されたもので、J-STAGEで無料で読むことができます。

医療的ケア児を育てる母親10名を対象にした質的研究で、親たちが在宅生活の中で、どのように「エンパワーメント(自分の中に力を育てていくこと)」を高めていくのか、そのプロセスを11のカテゴリーに整理した研究です。

そもそも「エンパワーメント」ってどういうこと?

微妙に意味が分かりづらい

「エンパワーメント」って、意味がわかりそうで判らない言葉だと思いませんか?
聞き慣れない方も多い言葉だと思います。
私自身、以前障がい児の親の「レジリエンス」に関しての調査に協力をしたことがありますが・・・混同しがちな言葉です。

もともとは福祉や看護の分野でよく使われる言葉で、ざっくり言うと「その人が本来持っている力に気づき、自分で発揮できるようになっていくこと」を指します。

医療的ケア児を育てる場面に置き換えると、
「最初は何もわからなかった親が、経験を重ねる中で、少しずつ動けるようになっていくこと」
そう考えると、まさに自分自身のことだと実感を持って理解できます。

11のカテゴリーから見えてくること

論文では、親のエンパワーメントのプロセスが、次の11のカテゴリーとして設定されています。

  1. 退院と在宅生活へ向けた準備と覚悟
  2. 制度の限界の認識と柔軟な利用への希望
  3. 専門職による親ときょうだい児への気配りと支え
  4. ピアとしての連携と力の発揮
  5. こどもの発達を促す教育と環境の模索
  6. 親の育児力と社会参加の葛藤
  7. 極限状態からの地域社会へのつながり
  8. 最後の砦のある安心
  9. 社会資源の活用とコーディネート
  10. 親の役割と家庭生活の充実
  11. 親としての願いと行動力(コア・カテゴリー)

1.息子の命を自分の手で育てる

退院前、2泊3日で実生活の準備をしたことが思い起こされます。
「すごく重い病気の子供を育てる」を単語一つで表すなら【恐怖】が一番近いあの感覚。
退院というスタートラインに命の重みを感じた気がします。

2.制度に突き放される

そして、確かに退院前カンファで頼りになると思っていた役所が、意外と使えない(言い方!)ことに憤った経験があります。
実際には市役所の方が悪いのではなく、制度なんですけどね。

3.4.専門職とピア、両方が支えになる

経管栄養のチューブを維持することに疲れ果て、訪問看護師さんの助けを借り得たつかの間の休息。
救済と言える時間でした。また、プロから「大変だよね」と言ってもらえる。
無様な自分が救われるような気持ちでした。

そして、ピアにしか話せないことがあり、これは弱音の共有?許容?そんな癒しがありました。
さらに、将来の展望ともいうべき「私もいつか誰かを支えたい」という考えが、逆境を乗り越える力になっていきました。

5.6.こどもと親、双方の人生

息子は医療者以外との接点が無く、同年代の子供と関わる機会を持たせたいと考えました。
しかし、体調も不安定で、集団生活は感染症リスクもあり簡単ではありません。

生きていればいいのか?社会に居場所はあるのか?それは息子も、私もです。

些細でも社会的な価値が存在することで人間って満たされるものがありますから。
息子に「幸せになって欲しい」でも、自分がつぶれたら?答えを探した時期があります。

7.8.完全につぶれる前に制度で救われる

栄養を注入し続ける必要のある息子は、児童発達支援施設では長時間預かれない存在でした。
私にとって幸運だったのは2021年に「医療的ケア判定スコア」が実施されたことです。

残念ながら、8の最後の砦はまだ存在しない。そう思っています。

9.10.積み重なった経験

息子が小学生になるまでに関わってきた方々や制度。
理解と経験で多少なり生活を維持することが出来るようになりました。
しかし、どこまでも自転車操業である。これが現実です。

最終的に行き着く「親としての願いと行動力」

最終的には「この子のためにこうしたい」その通りだと思います。
しかし、エンパワーメントの存在について疑問もあります。
これは、本来私に備わっていた力だろうか?
過度な重圧や、負荷により筋肉が育つように力がついたと思う部分はあります。
ですが、本来必要なかった力を身につけざるを得なかったともいえるんです。

この論文から、私が受け取ったこと

親には、「この子にこんなことをさせたい」という願いがある。
その願いを実現するために動く力もある。

でも、親が頑張れば何とかなるではいけない。
親が頑張らなくても生活が回る社会の仕組みの両方が無くてはいけないんですよ。
そうでなくては、頑張れない親はつぶれてしまう。

今は、SNSの発信により障がいのある子を育てる大変さが広まっています。

子が生まれれば、多くの親はある程度は強くなっていくのだと思います。

しかし、社会全体が障がいの有無に関わらず、子育ての大変さを支える強さを持つ。

そうであってほしいです。

おわりに

今回は論文のご紹介というかたちでしたが、今後もこうして、医療的ケア児を育てる親としての情報収集の一環で出会った論文を、少しずつ紹介していけたらと思っています。

※この記事は、佐鹿孝子ほか「医療的ケア児の社会生活を支える親のエンパワーメントの過程」(日本小児看護学会誌 29巻, 2020年, 175-183頁, DOI: 10.20625/jschn.29_175)の内容を、筆者が要約・パラフレーズしたものです。原文の図表は使用していません。詳しい内容が気になる方は、ぜひ原論文もあわせてお読みください。

参考文献

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