こどもに心臓病をどう伝える?母親の「病気説明」を追った論文を読んでみた〈論文編〉

情報収集・学び方

「心臓の病気のこと、この子にいつ、どう話せばいいんだろう」

心臓病の子のママ・パパなら、一度は考えたことがあると思います。

わかります。 先生の説明を聞いても、正直なところ理解が追いつかない部分すらある。 さらにそれをこどもにわかるように(!)話すなんて自信がない。 そう思いますよね。

この記事で紹介するのは、日本の論文です。 先天性心疾患のこどもをもつお母さんたちが、こどもに病気をどう説明してきたのかを調べたものです。

この記事を読めば、

  • 親が病気をうまく理解できないのは「あなただけじゃない」とわかります
  • こどもへの説明で、多くの親がつまずくポイントがわかります
  • 今日からできる「伝える準備」がわかります

「ちゃんと説明できない私はダメな親かも」 そんな気持ちが少しでも軽くなる記事を目指しました。

どんな論文?――まずは結論から

結論:お母さんたちは自分で調べながらこどもに説明している。 しかし病気の理解はなかなか深まらない。 説明は「生活の注意」が中心のまま学童期を迎えていた。 そのため、親の理解を支える仕組みが必要。

今回読んだのは、この論文です。

遠藤晋作・上田敏丈・堀田法子 「先天性心疾患をもつ学童期までの子どもに対して母親が行う病気説明プロセス」 日本小児看護学会誌 28巻 274-283ページ(2019年)

書いたのは名古屋市立大学の研究者たちです。 看護学と人間文化の研究科の先生方です。

論文はJ-STAGEという論文サイトで、だれでも無料で読めます。

どんなふうに調べたの?

項目内容
調べた人先天性心疾患のこども(10〜12歳)をもつお母さん4人
こどもの様子男の子3人・女の子1人。全員が根治的な手術を終え、チアノーゼ(くちびるなどが紫色になる症状)は今はない。3人が薬を飲み、2人に運動制限あり
調べ方1人45分ほどのインタビュー
時期と場所2017年3〜8月、ある大学病院の小児科病棟

インタビューに答えたのは、心臓カテーテル検査のために入院したこどものお母さんたちです。

4人と聞くと「少ない」と感じるかもしれません。 しかしこの研究は、数をかぞえる研究ではありません。 お母さんたちの「語り」を細かく読みこんで、その中にある共通の流れを見つける研究です。

こうした研究を「質的研究」といいます。 分析にはSCAT(スキャット)という方法が使われています。 話した言葉を何段階かに分けて言いかえていき、最後にその奥にある意味をとり出す方法です。

たとえるなら、4人の日記をじっくり読みくらべる作業です。 「みんな同じところでつまずいているね」と見つけていく。そういった種類の研究です。

論文が見つけた「説明の流れ」

いちばん大事なところを、ひとつの流れにまとめます。

  1. 診断や手術の衝撃で、先生の説明が頭に入らない
  2. だから幼児期のこどもには「生活の注意」を中心に伝える
  3. 学童期に向けて自分でも調べる。しかし理解はなかなか深まらない
  4. 結果として「生活の注意」と「足りない医学の知識」が混ざった説明になる

こういった、私たち親が困るポイントをひとつずつ見ていきます。

論文が教えてくれる4つのこと

ポイント①:衝撃が大きすぎて、説明が「入ってこない」

論文では、お母さんたちの理解をさまたげたものとして、3つの衝撃があげられています。

  • こどもが重い心臓病だと診断された衝撃
  • 手術などの大きな治療を受ける衝撃
  • 同じ病気の子が亡くなったことに直面した衝撃

あるお母さんは、こう語っています。

手術前に説明を受けるじゃないですか、でもそれが多分ぶっ飛ぶんだよね。その時理解しても、後になると忘れちゃうんだよね。 (論文 278ページ)

そしてお母さんたちは、先生の説明を「言われるまま」に受け止めるしかありませんでした。 論文はこれを「盲目・不全的な病気説明理解」と名づけています。 むずかしい言葉ですが、要は「よくわからないまま、信じてお任せするしかない状態」です。

これは、お母さんたちの力が足りないからではありません。 わが子の命にかかわる話を前にすれば、だれでも頭が真っ白になります。
論文はそれを「衝撃による理解のさまたげ」として、ちゃんと名前をつけてくれています。
つまり、その方の責任ではなく、個人差こそあれ病気のこどもの保護者に起こる【現象】ということです。

ポイント②:幼児期の説明は「生活の注意」が中心

その状態で、お母さんたちは幼児期のこどもに何を伝えていたのか。

答えは「生活の注意」です。 たとえば「しんどいときは走らないでね」「自分のペースでいこうね」といった言葉です。

論文では、お母さんが伝える内容を大きく2つに分けています。

医学の知識についての説明生活についての説明
病名・病気の中身・これまでの経過運動の制限・部活動の選び方
手術の名前と中身薬の管理・感染性心内膜炎の予防
薬の名前と働き体調が悪いときの対応
検査の中身・必要性・結果手術の傷あと・将来の仕事
これからの治療の方針健康な子とのちがい

※感染性心内膜炎は、心臓の内側に菌がついて起こる病気です。心臓病のある子にとっては、歯みがきや歯科受診がその予防につながります。

幼児期は、右側の「生活」が中心でした。 小さい子には、まず「どうすれば安全か」を伝える。 とても自然なことだと思います。

ポイント③:自分で調べても、理解が「途切れ途切れ」

こどもが大きくなるにつれ、お母さんたちは自分から情報を集めはじめます。

  • 外来で先生に何度も聞く
  • インターネットで「めちゃくちゃ」調べる
  • 新聞記事を家族で読む
  • 同じ病気の子のお母さんから話を聞く
  • 毎日の生活の中で「こういう症状が出るんだ」と気づく

それでも理解は、途切れ途切れにしか深まりませんでした。 その理由として、論文は次のことをあげています。

説明を助ける資料が足りない

紙に心臓の絵があって、ここにこうだからああだから、逆流してるんだよねーとか、ただ、その赤い線の矢印だけ。で、ふーんで終わっちゃうよね。 (論文 279ページ)

専門の知識がない 医療者ではないので、いくら説明を受けても頭に入りにくい。

同じ病気の体験談が見つからない 心臓病は種類がとても多く、「うちと同じパターン」の人に出会えない。例えば我が子の場合、脾臓がありません。しかし同じ病名の子でも脾臓がある子もいます。
他の方の話は参考にしかならないことが多いです。

主治医との信頼関係をつくりにくい 具合が安定すると外来は半年に1回などに減ります。 主治医が異動や転院で何度も変わります。 「先生いなくなっちゃったらどうしよう」と、異動の情報がほしいという声もありました。

その結果、こどもが学童期になっても、お母さんたちの理解は止まったままでした。 説明は「生活の注意」と「足りない医学の知識」が混ざった形になっていたのです。

ポイント④:説明の中身は「こどもの成長」で変わる

お母さんたちは何を、いつ説明するかを、いろいろな要因で選んでいました。 論文は6つに分けています。

要因たとえば
こどもを見ての判断年齢、理解力、こわがりかどうか、手術を覚えているか
親子の会話親子の関係、こどもの気持ちへの配慮、小さいころから少しずつ話すこと
タイミングこどもからの質問、体育・マラソン・プール・運動会、学校のキャリア教育
説明の中身内容のむずかしさ、将来の話をどこまでするか、体への影響
説明の方法こども向けの資料があるか、親の伝える力
家族の協力父親が詳しく説明する、きょうだいが体調管理に協力する

この中で、私の心にいちばん残った言葉があります。

自分が運動能力が低いんじゃなくて、心臓が弱いからできないんだって納得できるだろうし。 (論文 281ページ)

病気を知ることは、こどもが「自分はダメな子じゃない」と思えることにもつながる。
説明することの意味を、あらためて教えてもらった気がしました。

そして親は、何をすればいいのか?

結論:まず親が「わかる」ための助けを集める。 そして説明は生活の中のタイミングで、少しずつでいい。

論文は、看護師さんたちに向けて支援の方法を提案しています。 それを親の側から使える形に、ステップにしてみました。

ステップ1:「その紙、もらえますか?」と聞く

説明のときに先生が描いてくれた図。 あれをもらえないか聞いてみてください。

メモが追いつかないときは、録音してよいかも聞いてみてください。 衝撃で頭に入らないのは当たり前。 だからあとで見返せる形にしておくのが大切です。

ステップ2:わかりやすい本や資料を手もとに置く

論文でも「説明を助ける資料が足りない」ことが大きな壁になっていました。 こども向け・家族向けの本は、親の理解を助けてくれます。

私が助けられた本については、こちらの記事で紹介しています。 →『こどもの心臓病、何から学べばいい?知識ゼロの母が救われた1冊』

ステップ3:看護師さんを「通訳」にする

論文は、看護師が親と主治医の「橋渡し」をすることを求めています。

外来で聞きそびれたことや、先生の説明でわからなかった言葉。それを看護師さんに「さっきの話、もう一度教えてもらえますか」と聞いてみてください。
そのうえで、どこがわからなかったかを書いて、看護師さんに渡しましょう。 当日は無理でも、調整をして機会を作ってくれることがあります。次の外来の時になる場合もありますが…。
そうであっても、こうして看護師さんを介して伝えておけば聞き忘れ予防になります。

主治医が変わったときも動揺がありますよね。 新しい先生は電子カルテを見ながら、最初の受診で一気に情報を追いかけることになります。 親の側から、要点を渡せるとすり合わせが早い。ノートに病歴と手術歴をまとめたページを作っておくと、とても役立ちます。

ステップ4:説明は「生活の場面」をきっかけにする

論文のお母さんたちは、体育やマラソン大会・プールなどをきっかけに話していました。

母
母

「プールが始まるね。疲れたら先生に言おうね」

「運動会の練習、しんどかったら休んでいいよ」

病気の話を「勉強の時間」にしなくていいんです。 生活の中でこどもが困ったときこそ、伝えるチャンスです。そして、学校行事は、記憶に残りやすいです。 そこに病気の話を添えておくと、こどもは次の年に思い出しやすくなります。

運動会では体力に合わせ、車いすを使う・半分の距離を走る・全部走るかなどの決断をするようになった先輩たちを目にします。 自分の体の問題と出来ること、そこを理解している。
そして挑戦している姿を見ると、つくづく頼もしいなと感じます。

ステップ5:こどもの「なんで?」を逃さない

論文では、こども自身の関心や質問が説明のきっかけになっていました。 友だちが病院に行った話を聞いて「自分はどういう病気?」と聞いてきた子もいます。
全部に完璧に答えなくて大丈夫です。 「いい質問だね。今度の外来で先生に一緒に聞いてみよう」 それも立派な答えです。
先生がこども向けに話してくれる説明は、親にとってもわかりやすいと思います。

ステップ6:ひとりで背負わない

論文には、父親やきょうだいが説明に加わる家庭も出てきます。 家族で役割を分けると、説明はずっと楽になります。

家族に頼れない場合は、看護師さんや病院の相談窓口があります。 CLS(チャイルド・ライフ・スペシャリスト)がいる病院もあります。 退院する前に「こどもにどう説明すればいいか」を相談してみてください。

わが家の場合――「正しい知識を」と決めたのに

ここからは、私と息子の話です。

入院中に決めたこと

息子は生まれつき心臓に重い病気があります。 単心室症です。 生まれてすぐNICUに入り、何度も手術を受けてきました。

息子が入院していたころ、私は心に決めたことがあります。

大きくなった息子には、自分の病気の正しい知識を伝えたい。 「そのためにまず私が知らなければ」 そう思って、本を探しました。

メモは字が汚くて読めない

弁の手術の前の、心臓カテーテル検査のときのことです。 検査が終わり、先生から結果の説明を受けました。肺の血管の圧、血管の抵抗、血管の太さ。 それら全てが大事な数字で、聞きのがすまいと必死でメモを取りました。

しかし、あとで見返したら自分の字が汚すぎて読めない。 数字のひとつは、完全に聞き落としていました。私はいっぱいいっぱいだったようです。
聞きながら書く。日ごろは出来たとしても、「子の手術」というデバフがかかる状況では厳しいと思い知りました。

今回の論文でも「手術前に説明を受けても、ぶっ飛ぶ」という言葉があります。 「それな」と思います。本当に!

ずっと診てくれた先生の異動

フォンタン手術のあと、ずっと息子を診てくれていた先生から異動の話を聞きました。 先生方は、どの病院に行くかを話せない決まりになっていると(ほかのママから)聞いています。
論文のお母さんの「先生いなくなっちゃったらどうしよう」という言葉。 全面的に同感です。 主治医が変わると、また一から関係をつくることになるからです。

息子は挨拶がどうしても出て来ません。 私は仕方ないとわかっています。 しかし、すこし気まずい。 そんなところも、先生に変わらないでほしいと思う理由です。

言葉で伝えるのがむずかしい子もいる

この論文で話を聞いたのは「こどもとの会話に問題がない」家庭のお母さんたちでした。 研究の条件として、そう決められていたのです。

私の息子は今小学2年生です。 2年生になる春、小児心療科で自閉スペクトラム症の疑いを指摘されました。
息子は、自分が興味のあるものを指でさします。 そして私が、その名前を言う。 息子はこれを【コミュニケーション】と思っている節があります。
つまり、世間一般の方が想像する小学生の親子の会話には、ほど遠いのです。

理屈じゃないっぽい

息子はこだわりが強く、夏真っ盛りであっても、他人の前では水を決して飲みません。
しかし、自宅では飲みます。 だから「お水を学校でも自分で飲も? 喉カラカラでしょ」と、今まで何度も声をかけてきました。
また喉の乾燥は、感染予防の面でもよくありません。 ですが現状では飲まないため、胃ろうからの水分注入を行っています。

きっと息子には難しいんです。 もちろん不思議です。 つらくないのかな、とも思います。
細かな意思の疎通は難しく、飲まない理由もわからないままです。 それでも生活に即した注意点を説明するなら、こうなります。

母
母

君は心臓の病気なんだ。手術もたくさんして生きてる。心臓がつかれないように、おしっこだす薬を飲んでいるよ。夏は暑いし、汗もかくからお水をちゃんととろうね

これが、わが子にどこまで届いているかはわかりません。 しかし私は、息子の頭のどこかに残っていると期待しています。 こうした説明を入れるだけは入れています。

論文のお母さんたちのような説明は、残念ながら今のわが家では一方通行です。

海に投げ入れたボトルメールのように

それでも、伝えることをあきらめたわけではありません。
親としては、まず息子に『わかっている』感覚があるところからはじめました。 息子は痛いときに「イタイ」と言います。

「お腹や頭、【しんぞう】が痛くなったら教えてほしい。 「イタイ」って言うんだよ」
と未就学児の頃から伝えています。

すると小学校に入ってからですが、頭が痛いときは教えてくれるようになりました。 変かもしれませんが「イタイ」という息子を目の前に、ものすごく感動したんですよね。 あともう一息なのだろうと思っています。

息子は「イタイ」以外にも「イヤ」と言えます。 そして、今までの手術やカテーテル検査のときも説明をしています。
説明の意味は理解できていないかもしれないけれど、頭のどこかには入っていく。 いつか自分の脳内で、

「あー・・・カテ検ってアレか。3時間ベッドにくくられて起き上がれない嫌な検査か」

とつながることを願っています。

論文の中に、こんな言葉がありました。

ちっちゃい時から、まめにこう言っておいて、歳が大きくなるにつれて、理解していける状態になればいいなと思って。 (論文 281ページ)

これは言葉の発達がゆっくりな子にも、そのまま当てはまると思っています。

息子は、何もかも理解できないわけではありません。 ひらがなを読み、かけ算も覚えています。

決められた薬を飲むのも、病院に行くのも、自分の命を守る行為だということ。その先に、家でのんびり過ごしたり、水族館やトミカ博に行くという『好きな事」がある。
こんな建付けなのは息子にとって切ないかもしれないけれど、腑に落ちることを願います。

そのために必要な説明はいくらでもしておきたい。と考えています。

今伝えていることは、海に投げたボトルメールのようなものです。 いつか息子が海辺でひろって、読んでくれたらいい。 そう思っています。

補足――この論文を読むときの注意点

4人のお母さんの話であること

この研究は、ひとつの病院の4人のお母さんの語りから作られています。 論文自身も「1つの施設で調べたので、その施設の特徴が結果に出た可能性がある」と書いています。 すべての家庭に当てはまるわけではありません。

2017年の調査であること

インタビューは2017年に行われました。 今はインターネットの情報やSNSでのつながりも増えています。 同じ病気の家族と出会う方法は、当時より広がっているかもしれません。

心臓病の種類はさまざま

論文のこどもたちは全員が手術を終え、チアノーゼはない状態でした。 お子さんの病気や今の状態によって、説明の中身は変わります。

説明のしかたで迷ったら

こどもへの説明は、病院の看護師さんや医師に相談できます。 病院によっては、こどもの心のケアの専門職がいることもあります。 チャイルド・ライフ・スペシャリストや病棟保育士です。

検査や手術の前のこどもへの伝え方は、こちらの記事でも書いています。 →『こどもの心臓手術が決まったら。当日までの流れと、先にやっておきたいこと〈前編〉』

まとめ

この記事のポイントをまとめます。

  • 親が病気を理解できないのは、衝撃が大きすぎるから。あなたのせいではない
  • 幼児期の説明は「生活の注意」が中心で大丈夫
  • 自分で調べても理解が深まりにくいのは、資料・知識・出会い・主治医との関係に壁があるから
  • 説明はこどもの成長や生活の場面に合わせて、少しずつ変えていけばいい
  • 病気を知ることは、こどもが「自分はダメじゃない」と思えることにもつながる

論文を読んで、私は少しほっとしました。 うまく説明できないのは、私だけじゃなかった。 そして研究者の先生方は、それを親の責任ではなく「支えが必要なこと」として書いてくれていました。

自分の子の病気なのに、ちゃんとわかっていない。色々ショックなことが多く、頭が働かない。それが苦しいんですよね。
しかし、完璧に理解してから話す必要はありません。 親も、こどもと一緒に少しずつわかっていけばいいと思います。

参考文献

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